2014年6月17日火曜日

広がる「がん漢方」 症状や副作用を緩和

「がん漢方」という言葉をよく聞くようになった。全身にゆっくり作用する漢方薬を西洋医学の治療と併用することで、がんのつらい症状や抗がん剤などの副作用を緩和し、患者の生活の質(QOL)を高めようという取り組みだ。臨床の現場だけでなく、エビデンス(科学的根拠)を確かめる研究も少しずつ増えてきた。 

 愛知県がんセンター(名古屋市千種区)の循環器科部の外来。心臓の持病で通院中の女性(70)が、「腰が痛くなったり、足がつったりする」と訴えた。

 部長の波多野潔さん(59)はゆっくり話を聴いた後、「足の痛みに効く芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)という薬を、一週間ぐらい試してみようか」と勧めた。

 波多野さんは十年ほど前から、漢方薬の効果に注目し、がんのつらい症状や副作用の軽減、転移の防止などに取り入れている。

 がんによる食欲不振にしばしば処方するほか、精神的な落ち込みにも使う。精神科の薬より、患者の抵抗感が少ないという利点もある。

 抗がん剤のイリノテカンによる特有の下痢、口内炎には、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)などがよく効くことが確かめられている。放射線で唾液腺がダメージを受け、口内が乾燥する場合は白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)が有効だ。

 大腸がんは肝臓、肺などに転移しやすいが、その予防に「三大補剤」と呼ばれる十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、補中益気湯(ほちゅうえききとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)を、よく使う。

 「治療の状態に合わせて、副作用を綿密にチェックしながら、使い分けたり、併用したりしている。西洋医学の薬との相性にも注意が必要。十年間、がん専門で実践してきたので、その強みがあると思う」と波多野さんは話す。

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 がん診療に漢方薬を使う医師、病院は全国的にも増えている。国立がん研究センター研究所(東京都中央区)で、治療開発の分野長を務める上園保仁(やすひと)さん(55)らのチームは、国内のがん治療病院などの緩和ケアに携わる医師に二〇一〇年、アンケートを実施。その結果によると、56・7%にあたる三百十一人が回答し、「がん治療に漢方薬を使っている」という人が64%に達した。

 使用する症状は、しびれ・感覚が鈍くなる、便秘、食欲不振・体重減少の順で、いずれも抗がん剤の代表的な副作用だ。使用されている漢方薬は、大建中湯(だいけんちゅうとう)(モルヒネ投与による便秘など)、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)(しびれ)、六君子湯(りっくんしとう)(食欲不振)-の順で多かった。

 緩和ケアとは末期がんの治療に限らず、患者の状態を改善させ、生活の質を向上させる取り組みのこと。上園さんは「全身に作用する漢方薬は、がん治療の副作用や、痛み、衰弱を抑えることが期待できる」と話す。その効果を科学的に実証するため、一〇年にスタートした国の研究班の代表を務めている。

 例えば膵臓(すいぞう)がんの抗がん剤・ゲムシタビンを使用すると、食欲不振や体重減少という副作用が出る。これに対する六君子湯の効果を検証する臨床研究など、「漢方薬がなぜ効くのか、本当に効くのか?」を具体的に解明する研究だ。

 上園さんは「漢方薬のエビデンスを医師に伝えるキャラバンを一昨年、全国各地で開催し、とても大きな反響があった。今後は薬剤師や看護師など、医療スタッフ向けの勉強会にもつなげていきたい」と話す。