2014年12月18日木曜日

切り拓く 愛知県がんセンター開設50年(下)競争

(2014年12月16日) 【中日新聞】【朝刊】

厳しい経営 募る危機感

「治療を受けるまで何カ月もかかると思われているかもしれないが、そんなことはない」「入院だって他の病院より早いくらい」

 11月初め、愛知県がんセンター(名古屋市千種区)が名古屋市内で開いた、がん最新治療の公開講座。140人の聴衆に医師3人が口々にアピールした。

 狙いは「がんセンターは治療を受けるのが難しい」などの古くからのイメージ払拭(ふっしょく)だ。がん患者は増える一方なのに、同センター中央病院の受診患者は減っているからだ。昨年度の外来の初診患者は5468人で、10年前より4割近くも減った。

 理由の一つが、がんを治療できる病院が増えたこと。国は2002年から基準を満たした病院を、質の高いがん医療が受けられる「がん診療連携拠点病院」に指定。愛知県内では15カ所が指定されている。

 その一つ、藤田保健衛生大病院(愛知県豊明市)は、前立腺がんなどで患者に負担の少ない手術支援ロボットをいち早く導入。名古屋大病院(名古屋市昭和区)は治療の難しい小児がんに力を入れ、国の小児がん拠点病院にも選ばれた。

 02年設立の静岡県立静岡がんセンター(静岡県長泉町)は、「患者と家族の徹底支援」を打ち出し、研究所に専門部を設置。陽子線治療や手術支援ロボットなどを整える。昨年度の外来初診患者は7847人と、5年で2割近く増えた。

 周辺の医療・健康関連企業と連携し、患者に優しい治療技術や製品を開発するプロジェクトも進める。静岡がんセンター総長の山口建(けん)さん(64)によると、設立当時の石川嘉延知事から「愛知県からは2周遅れだが、サポートする。一流のものを」と託されたといい、「“後発組”ならではの視点で取り組んでいる」。

競争相手が増える一方、長引く不況などで愛知県は財政が悪化。病院と研究所を併せ持ち、かつて潤沢な支援を受けていた愛知県がんセンターをめぐる環境は一変した。12年に国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)長から、愛知県がんセンター総長に赴任した木下平さん(62)は「現場に疲弊感が漂っていた」と振り返る。

 同センターは毎年、実質十数億〜30億円の赤字で、行財政改革により04年、県直営から公営企業として病院事業庁に移管された。赤字補填(ほてん)などで今も県から20億円以上が支出されている。経営効率が求められ、高額な手術支援ロボットや高速の遺伝子解析装置など最新機器の導入も遅れた。患者に人気のある医師が引き抜かれるケースも。本年度の県からの研究費は、病院収入からの補填も含めて約3680万円と、16年前の4分の1に落ち込んだ。

 「高度な先進医療を担う病院は、人や機器への先行投資が重要。だが、その成長戦略がなかった」。10月初め、名古屋市内で開かれた設立50周年の記念式典で、木下さんは危機感を強調。今後は遺伝子を分析し、患者に合った治療や予防法を考えるオーダーメード医療を充実させ、差別化していく考えを示した。専門のセンターを設置する構想も検討しているという。

その礎が長年蓄積された患者データ。同センター研究所は、1988年から中央病院の初診患者に、生活習慣の調査を実施。01年からは同意の得られた患者の血液を採取し、生活習慣や遺伝子と発がんとの関係を分析してきた。そのサンプルは3万件以上に上る。15年度からは新たに患者のがん組織を保存し、治療法開発に生かす「バイオバンク」も始める。

 30年前に研究所で学び、肺がんの抑制に関わる重要な遺伝子変異を見つけた名古屋大大学院教授の高橋隆さん(59)は「遺伝子レベルでのがん治療は基礎研究の成果が臨床に直結する。今こそ研究所と病院が併設されているメリットを生かせる」とエールを送る。

 木下さんは言う。「半世紀の実績と患者の貴重なサンプルは、がんを撲滅するための貴重な財産。ここだからできる治療や研究を、世界に発信していきたい」