2014年12月18日木曜日

切り拓く 愛知県がんセンター開設50年(上)オーダーメード

(2014年12月2日) 【中日新聞】【朝刊】

遺伝子診断 屈指の体制

愛知県がんセンターが12月で開設50年を迎えた。病院と研究所を併せ持つ自治体初のがん専門の医療施設として、東海道新幹線開通や東京五輪開催の年に誕生。国立がん研究センター、民間のがん研究会とともに「ご三家」と呼ばれ、日本のがん医療を切り拓(ひら)いてきた。その道は半世紀のがん医療の歴史でもある。(山本真嗣)

 「肺の影が薄くなっていた。言葉にならないほどうれしかった」

 名古屋市千種区の愛知県がんセンター中央病院で、臨床試験中の新抗がん剤を10月末から服用する愛知県の女性(65)。1週間後の胸のエックス線検査で、大幅に肺のがんが縮小したのを知り、診察室で涙ぐんだ。

 2011年に肺がんが再発し脳に転移。地元の病院で抗がん剤や放射線治療を受けてきたが、いずれも効かなくなり、今秋、主治医から「もう、できることがない」と言われた。

 唯一の希望が、がんセンターの臨床試験への参加。センターで女性の遺伝子を調べると、薬が効く前提となる遺伝子変異があることが分かった。在宅で服用するとせきが止まり、呼吸も楽に。今のところ目立った副作用はなく、家事がこなせるまでに回復した。来春は長男の結婚式があり、孫も小学校に入学する。「一日でも長く生きたい」

 「なすすべがない」と言われた患者が、同センターの先端医療に望みを託し、各地からやってくる。同センター中央病院が、12年度に受託した未承認の抗がん剤などを試す臨床試験は140件。国立がん研究センター中央病院(東京)の153件とほぼ同数で、中部地方では群を抜く。

 この女性が服用する抗がん剤も、米国で臨床試験が始まったばかりの最新のタイプ。呼吸器内科部長の樋田豊明(ひだとよあき)さん(59)は「がんのオーダーメード治療・研究に早くから取り組んできた」と自負する。

 オーダーメード治療は、がん細胞を遺伝子レベルで調べ、事前に抗がん剤の効果のある可能性が高い患者を選んだり、効果のない患者を除いたりして治療法を決める。従来、抗がん剤治療はがんの種類や進行度ごとに、「標準治療」として決められた抗がん剤を一律に投与。効果がなく、重篤な副作用だけあるケースも少なくなかった。

 その典型例が、死亡例が相次ぎ、社会問題になった肺がん治療薬のイレッサ。「がんだけを狙い撃ちし、副作用の少ない夢の新薬」として02年に承認された。だが、当時は薬の効果とがんの遺伝子変異の関係は分からず、効かない人にも投与されていた。

 その改善にセンターが一役買った。特定の遺伝子変異がある人に、イレッサの有効例が多いことが米国で発見された。その後、愛知県がんセンター中央病院遺伝子病理診断部長の谷田部恭(やたべやすし)さん(49)が、わずかな検体と短時間で変異を高精度に判別できる診断法を04年に開発。全国の医療機関などで採用された。効果のある人にも副作用はあるが、谷田部さんは「効かない人に投与され、副作用に苦しむことはなくなった」と話す。

 これまでに分かった肺がん増大に関係する遺伝子変異は十数種。中央病院はこのうち5〜7種の遺伝子変異を一度に検査できる。肺がん患者の半数に、この7種のいずれかがあるといい、対応した抗がん剤を用意する。樋田さんは「これだけの体制で対応できるのは、全国でもほとんどないのでは」と胸を張る。

 乳がんや大腸がんなどでも遺伝子診断によるオーダーメード治療は進んでいる。愛知県がんセンター総長の木下平さん(62)は「将来はあらゆる分野で、オーダーメード治療が受けられるようにしたい」と意気込む。

国内有数の拠点 県内外から患者

愛知県がんセンターは、東海地方のがん撲滅拠点として開設された。中央病院(500床)と研究所、愛知病院(愛知県岡崎市、276床)で構成。中央病院は質の高いがん医療を提供する施設として、都道府県におおむね1箇所整備されるがん診療連携拠点病院に指定されている。外来化学療法センターは60床あり、全国最大規模。

開設から2012年までに約8万1200人が受診、そのうち県外の患者は3割を占める。この半世紀で治療は進歩し、センターで診断、治療を受けた患者の5年後の生存率は大きく改善している。

研究所を持つがん専門施設は全国10カ所にあり、中部地方には静岡県立静岡がんセンター(静岡県長泉町)もある。

愛知県がんセンター50年の流れ

1961(年) 愛知県がん対策協議会が桑原幹根知事(当時)にがんセンター設置を答申
  62    国立がん研究センター設立
  64    愛知県がんセンター設立
  83    診療管理棟完成
2005    県立愛知病院を統合
  06    がん対策基本法制定
  07    都道府県がん診療連携拠点病院に指定
  10    尾張診療所を開設(14年に閉所)
  13    外来化学療法センター開設 
  14    緩和ケアセンター開設