2012年1月27日金曜日

病理検査でなぜエストロゲンレセプターだけでなくプロゲステロンレセプターまで測るのか?

エストロゲンは、癌細胞にあるエストロゲンレセプターに鍵と鍵穴の関係で接着し、エストロゲン作用を発現しますが、実は癌細胞に増殖に至る道のりは単純ではありません。

図のようにように、エストロゲンレセプターは現在では、細胞の核の中にあるとされています。細胞の中に入ったエストロゲンは核の中に入り、不活性型エストロゲンに結合します。これによりエストロゲンレセプターは活性化して、こんどはレセプターが鍵となってDNAの特定の結合部位に結合します。

これが結合しますと、ある種の蛋白質の生産ラインが動き始めます。蛋白質合成のプログラムが複製されmRNAとなって、リボゾームに運ばれ、ここで読みとられて、蛋白質を合成するのです。

エストロゲンによってつくられる蛋白質は数種類わかっています。その中の一つがプロゲステロンレセプターです。他に増殖因子である、TGF-α、IGF-1、PDGFがあります。

これら増殖因子は、癌細胞の外に放出されますが、TGF-α、IGF-1、は自分の癌細胞膜にある、それぞれのレセプターに結合して、癌細胞自身を増殖させるのです。
癌細胞は自分自身の増殖を抑える因子TGF―βも産生していますが、(癌細胞であっても、自己の増殖に関して、自ら+、-のバランスを保っている)エストロゲンは、この増殖抑制因子TGF―βの産生を抑制し、いっそう増殖を促進しているのです。これらプーメランのように、自分自身に役立たせる因子を放出して引き戻す形を autocrine (オートクリン)と言います。

TGF―α、IGF―1、PDGF(この因子は癌細胞にはレセプターがありません)また、癌細胞の近傍にある線維芽細胞や血管内皮細胞に作用して、癌細胞に血液を供給したり、癌細胞を支えたりして、癌細胞の集合体(線維芽細胞や、腫瘍血管も含む)である癌(しこり)の増大をはかっています。このように分泌された因子が分泌細胞の近傍の細胞に作用することを paracrine (パラクリン)と言います。

ちなみに、エストロゲンのように卵巣の細胞から分泌され乳腺のような遠隔地にある臓器(細胞)に作用することを内分泌(endocrine=エンドクリン)作用といいます。細胞は、神経や胆汁や膵液のような外分泌のほかに、内分泌、パラクリン、オートクリンなどさまざまな方法で、生命や機能を保っているのです。

エストロゲンは細胞増殖因子を産生し、間接的に癌細胞の増殖をはかっていることが、お分かりいただけたことと思います。


ここで、やっとプロゲステロンの測定意義に入ることができます。正常な細胞(乳腺の上皮細胞)でのエストロゲンの作用は、いままで述べた癌細胞内部の諸増殖因子の産生と同様と考えてよいかと思われます。

が、そもそも癌細胞とは正常の細胞機能を逸脱した細胞ですから、細胞内の蛋白合成工場も、通常の生産ラインから逸脱して、不要なものをたくさん造ったり、あるいは造らなければいけないものを造らなかったりすることがあるのです。

癌細胞にプロゲステロンレセプターが有るということは、生産工程がある程度正常に作動していることの証なのです。以前にお話ししたように、乳癌の患者さんの60%にエストロゲンレセプターがあり、抗エストロゲン剤の有効率は30%です。レセプター陽性者の半数は、蛋白生産ラインがまともに機能していないものと思われます。要するに、エストロゲンレセプターに加えて、プロゲステロンレセプターも陽性であれば、抗ホルモン剤の効果がより期待できるということになるのです。

エストロゲンレセプターとプロゲステロンレセプターの陽性、陰性の組合せは4通りできますが、その組合せによるホルモン療法の有効率をお示ししておきます。