2011年11月29日火曜日

時空を超えるメッセージ

とても考えさせられたのでメモ、メモ。
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「こんなとき皆さんはどうしているのですか?」

時々、患者さんや家族からそう尋ねられます。今日もある方から同じ質問を受けました。以前はどう答えるか迷いました。なぜ迷うのか考えてみると、色んな事に気がつきました。今日はこんな状況でした。ある患者さんにあらゆる薬を使って、痛みや吐き気、そして夜に眠れないというつらい症状を抑えることに成功しました。とても薬に敏感な患者さんで、薬の副作用が出やすく、普通の使い方ではかえって状況が悪くなるため、一つ一つの薬の量、種類を自分の知識を総動員して調整しました。

薬の調整の過程は患者さん本人や家族にも理解しやすく、何に毎日取り組んでいるのかお互い一つの目標が見えることもあり、信頼と期待はおのずと盛り上がり、成果が出た喜びを共有する医師、患者にとっては、いわば蜜月になります。患者さんが昨日悩んだ痛みが、医者の昨日の智恵で、二人の今日の笑顔になる。そして、成果が得られた時、患者さん、家族の信頼を医師は勝ち得ることができます。この達成感に医師は緩和ケアの確かな手応えを感じ、さらに興味、関心を増幅させます。もちろん、緩和ケアにとってとても重要なのは、症状を抑えて苦痛を取り除くことです。苦しみなく穏やかに過ごしたい、どの患者さんも家族もそして医師も望むことです。でも、本当に患者さんと向き合っていれば、蜜月はじきに終わることを自覚しておく必要があるのです。患者さんは、薬で全て症状を抑えることができた時、全ての苦痛から救われるのではなく、次に必ず向き合わなくてはならない新たな苦痛がやってくる、その現実に気がつくのです。それは、動けなくなること、自由に体が動かなくなることです。痛みがなく、少し食事が出来るようになり、吐き気が治まり、眠れるようになっても、自分の体に残ったエネルギーを増やすことは、治療や薬では出来ないのです。体のエネルギーをもし増やせるとしたら、それは休養を十分にとりひたすら自分の体の神秘的な能力、自然治癒の力に委ねる必要があるのです。しかし、多くのがん患者さんは、毎日少しずつその力を奪われていきます。どう考えを変化させても、どう治療をしていっても、この力が失われてゆく事実にはなすすべがないのです。

この時蜜月は終わり、それまで薬の調整とその成果で信頼を維持していた医師、患者関係は音を立てて崩れていきます。崩れるのはまず医師の心の中です。成果を出せない自分の状況に自分自身が向き合うことが出来なくなるのです。僕の経験では、患者さん、家族は、自分に熱心に接してくれた医師の信頼を簡単に忘れることはありません。ですから、成果を出せない医師に対して「あの先生は役に立たないから主治医を別の方にして下さいます?」という要望は患者さん本人からはほとんど聞かれません(時に言われてしまうととても落ち込むのですが)。それでも、医師の心の中でまず崩れてしまう関係、そして努力しても状況が悪くなる現実を目の当たりにして、患者さんに向き合えなくなります。つまり否認が始まります。「もしかしたら、自分が知らないだけで他に方法があるのではないか」と謙虚な姿勢で医療に臨む医師は、別の医師に相談することでしょう。それでも魔法の名案が簡単にみつかるわけではないのです。この、「衰退していく状況でもなお患者さんから逃げ出さない」覚悟は医師にとって相当重要な心構えとなります。魔法の名案を夢想しつつも、現実何かできる小さな事をこつこつと積み上げ続ける。日々何かを喪失していく患者さんに向き合い、決して「もういい加減にあきらめて下さい」「もう私にできることはありません」と逃亡の宣告をせず、患者さんの部屋に立ち尽くす自分の姿から逃避せず、看護師や他のスタッフからくるその患者さんの不調の報告に苛立たず、自分の視界から消滅させるべく転院を迫らず、そして無関心を装うかのように自分の心のカーテンを(雨戸を)閉めずに向き合うにはどうしたら良いのでしょうか。

そんなことを僕はホスピスで10年間ずっと考えてきました。以前も書きましたが、毎日喪失していく日々の中で何を創造することができるのか、その挑戦をずっと続けてきました。そんなある日、一つの光明を見つけるきっかけがありました。それが冒頭の質問です。ある患者さんから「こんなとき皆さんはどうしているのですか?」と問われたのです。その質問に、「そうですね、こういう苦しい状況で、今まで出会った患者さんは、ただ静かに耐えていました」とか「苦しい状況の中でも、ご家族と一緒の時間を大切にしていました」ときれいなフィクションを話すのも不誠実です。また、「少し前に出会った女性の方は、こういう苦しい状況になったときには、家族に泊まって欲しい、淋しいからそばにいてほしいと率直に頼んでいました。家族の支えがあってどうにか過ごすことが出来ました」などと克明な事実を話すのも、尋ねられた患者さんの自尊心を損なうのではないかと恐れました。この自尊心とはつまり、「苦しい状況にあるわたし、このわたしの苦しみは誰とも共有できるものではない。ましてや、誰と同じものでもない。わたしを別の患者や別の誰かと比べるのはやめて!」という気持ちです。医師のどこか決めつけたような言い方に、患者さんや家族はかえって不快に思うのではないかと考えてしまったのです。 わたしと他人は全く別の人格、わたしを「大勢のがん患者の一人」として扱うのはやめてほしい、わたしの考えは他の誰でもないわたしだけのもの。こういうonly oneな自己の確立を今の世の中では推奨します。わたしは何者であるか本当は、わたしにもわからない、でも本当のわたしはどこかにいる。その本当のわたしを確信して、わたしは探し続ける。探し出したわたしはonly oneのわたし。交換不可能な他の誰とも違うわたし。こういう考えは今の世の中にはびこり、自分探しの旅を続ける一生の旅人となることを宿命づけられている。僕が海外にほんの数ヶ月遊学に出た学生時代、巷にはそんな若者があふれていました。日本を離れて、海外を旅すれば本当の自分を見つけられる、そんな自分探しの旅をする若者です。僕も実際に自分探しをと意気込んで、旅をして分かったことは、「自分はこの窮屈で不自由な等身大の自分を引き受けるしかない」という諦めでした。でも今から自分の若い頃を思い出せば、本当の自分、only oneという幻想に、自分の自尊心が今よりもずっと肥大化していただけだと、今から考えると分かります。

それでもなお、僕が「こんなとき皆さんはどうしているのですか?」の問いに答える時、どう答えても、その患者さんにはかえって自尊心を傷つけてしまうのではないかという恐れを感じる理由もわかっていただけると思います。それだけではありません。「本当の自分、only one」という幻想は、患者さんにとって強い現実の否認(病状の否認)にもつながっていきます。今こうして病気で苦しんでいる自分は本当の自分ではない。何かうまい方法、薬、治療方法があればすぐに明日から本当の自分を手に入れることが出来る、そんな風に考えるのも当然です。もちろん、不自由な体、耐え難い苦痛を患者さんは体験しているのですから、簡単に自尊心の肥大化を指摘するのは早計で、また失礼です。患者さんは、どう考えても引き受けられないほどの困難と苦痛を背負って毎日を送っているのですから。これが、本当の病者の苦痛ではないかと僕は考えます。モルヒネに代表される薬で緩和できる具体的な苦痛は、本当は患者さんの全体の苦痛ではなく、局所的な苦痛に過ぎないことに思い至るのです。
話を戻します。「こんなとき皆さんはどうしているのですか?」の質問を受け取ったとき、そうか、患者さんや家族は医師である僕にこの質問をする他ないのだということにも気がつきました。つまり、同じ境遇の患者さん同士が、「あなたはどうしているんですか?」とか、家族が「こんな時どんな風に看病していますか?」と誰かに尋ねることは出来ないのだということに気がついたのです。病院の中を見渡せば同時多発に、同じ苦痛が発生します。でもその患者さん同士が知り合うことは、まずないということに気がつきました。聡明で色んなご縁のある患者さんや家族は、患者会やネットで情報を得るかもしれません。でも僕の経験から、「今、ここ、まさに困っていること」に関する情報にアクセスする力は、本当に困っている人にはもう残っていないことがほとんどなのです。もし、アクセスできたとしても、自分とは違う、肉声のない情報には、患者さん、家族はあまり関心を示さないのです。いつも困っていること、苦しんでいること、悩んでいることは個別性が高く、また断片的です。「むせてしまうけど、持ってきた手作りの卵焼きを食べてよいか」、「歩くことは出来ないけど、どうしても家に帰りたい。数時間で帰った方が良いか、それとも一泊しても大丈夫なのか」、「食欲がない夫に、どういう料理を作ったら食べてくれるのか」こういう日常に発生する悩みに、的確に答える事はとても難しいのです。ある闘病記の何ページ目に同じ話が載っていました、ネットで患者が語る、この場面に似ていますよねと相似する箇所を指摘するよりも、多くの患者さんと時間を共有してきた医師である自分が、いわば生き証人として、すでにこの世にいない患者さんたちを思い、彼らの声を目の前の患者さんに伝えることが、自分にとってとても大事な役割なのではないかと考えるようになったのです。治療者としての自分の技能が及ばない患者さんの“喪失”に対しては、死者の声を真摯にこの目の前の患者さんに自分の肉声で再現すること、これこそが自分が天から授かった使命なのではないかとも考えるようになったのです。自分の目の前を通り過ぎて、先に天に戻った多くの患者さんの体験を活かす、そしていま目の前にいる患者さんたちの声を注意深く聞き、自分の記憶の石板に確実に刻むことが、未来のまだ見ぬ患者さんに捧げることができる大切な助言になるのではないかと考えたのです。その時から、僕は患者さんと向き合うことが出来るようになりました。不老不死が得られない以上、あらゆる医療という行為はいずれ限界を迎え、患者と医師の蜜月は、どの分野であってもいつか必ず終わります。それでも、なお患者さんと向き合い、喪失の中から何かを創造できるとしたら、それは健康な自分が病者に諭すような不遜な行いではなく、懸命に生きそして見えなくなった多くの病者の言葉に再び命と存在を与えることだと今の僕は確信しているのです。

「こんなとき皆さんはどうしているのですか?」

僕は、今日患者さんに答えました。「一人で抱えられる苦しみの量を超えてしまったとき、僕が前に出会った患者さんは、自分の家族を呼び寄せ一緒に過ごすようにしていました。家族に迷惑をかけてしまうと思う優しさもよく分かります。でもその患者さんは言ってました。『家族の愛情が今の自分を支えている』と」その事を教えてくれた患者さんは、この患者さんの部屋からわずかに離れた部屋で、すぐ近くにいらっしゃった方でした。この距離は近くても、決して交わることのない同じ悩みを持つ二人の患者さん。その二人をつなぐのは、他でもない彼らのために働く医師、医療者なのです。現在、過去、未来の患者さん同士をつなぐ存在である、時空を超えてメッセージを届ける医師の役割こそが、医師の仕事なのではないかと僕は確信しているのです。