乳房切除術後の放射線治療
乳房切除術後に放射線照射を加えることで、局所再発率は低下します。そして生存率が上昇する可能性もあります。
乳房切除術後に放射線照射を加えることにより、局所の治療をより完全にするということが行こなわれてきました。手術で切除しない内胸リンパ節も照射することで治療可能となります。ハルステッド理論に基づき1970-80年代におこなわれ、局所の治療をより完全にすることで生存率が向上すると考えられたのです。全身病理論の立場にたてば、局所再発率は低下しても、生存率には差はでないはずです。手術も放射線治療も局所の治療であり、すでに全身にある転移巣が育つか否かで癌の治癒が決まると考えれば、局所治療の大小と生存率にはほとんど関係ないはずだからです。
1995年にオックスフォードの医学統計学者(Early Breast Cancer Trialists' Collaborative Group)がまとめて発表した報告(N Engl J Med 1995;333:1444-55)によると、胸筋温存乳房切除術後に放射線照射を加える効果を比較した23個の比較試験を総合した結果、照射によって生存率はむしろ3%(相対値)低下していました。他の手術法の場合も加えた4万人以上の成績を総合すると、放射線照射を加えることで局所再発は1/3に減っていましたが、10年生存率は非照射群41.4%、照射群40.3%と有意な差はつきませんでした。他病死を除き乳癌だけによる死亡率を比べた場合には照射により乳癌死亡リスクが0.94倍と減少していますが、心臓病など他の原因の死亡が1.24倍に増えていることもあり、生存率の向上は認められなかったのです。1985年以前に開始された比較的古い臨床試験の成績のため、放射線照射の器械、技術が未熟であり他病因死が増えていたものと解釈されています。この結果は、全身病理論に有利なものです。局所再発が1/3に減っていながら、生存率が変わらないというものだったからです。
この報告があった後に、放射線照射による生存率の向上を認めたという論文が2本立て続けに発表されました。(N Engl J Med 1997;337:949,956) デンマークからの報告では、二期と三期の乳癌1708例に乳房切除術と抗癌剤治療をおこなってから、胸壁とリンパ節に放射線照射を加える群と加えない群とにふりわけて比較したところ、10年生存率は54%対45%と照射を加えた群で有意に上昇したというものでした。またカナダからの報告は、小規模なものながら318例の腋窩転移陽性の閉経前乳癌患者を、乳房切除術と抗癌剤治療後にやはり照射を加える群と加えない群に振り分けて比較しました。15年経過観察したところ、照射を加えることで乳癌死が29%低下するという結果でした。デンマークの臨床試験はかなり大規模なものであり、局所治療である放射線治療を加えることで局所再発率が低下し、生存率の向上をきたしたというものです。これらの結果は、全身病理論だけで乳癌を説明するのはやはり無理があり、局所治療の重要性を復活させるものでした。
乳癌には非常に多様性があり、診断時に既に全身病となっているものから、局所にのみとどまっている段階のまでの幅があるというスペクトラム理論を唱えるシカゴ大学の放射線腫瘍学教授ヘルマン(Samuel Hellman)は、この2本の論文が掲載されたNew England Journal of Medicineの編集コメントに、局所治療により遠隔再発の源を防ぐstopping metastases at their source)という題で解説文を載せています。抗癌剤治療を加えることで全身の微小転移巣がコントロールされた場合、局所に残存した癌細胞が、後に遠隔転移をきたし致命的になる。放射線照射は局所の微小残存癌細胞を死滅させ、ることで生存率を向上させる。不充分な局所治療は、局所再発を増し、それが遠隔転移の原因となり致命的になる場合が多いというのがヘルマンの考えです。
放射線治療医はこの2本の臨床試験の結果を重要視し、乳癌治癒の可能性を最も高めるには最大限の局所治療が必要だという原則が確認できたと考えています。実際的には、閉経前症例で腋窩リンパ節転移が4個以上のものや、腫瘍径5cm以上のものは乳房切除術後の補助照射を原則としておこなうべきだと主張しています。(J Clin Oncol1998;16:2886) しかしこの2つの臨床試験に対しても、乳房切除術後の非照射群において局所再発率がかなり高く、特に、腋窩リンパ節再発が多いことから手術が不充分だったのではないかという反論があります。今の所、臨床試験の結果もこのようにはっきりとしたものではないのですが、今後、無作為化比較試験の結果が集積するにつれ補助照射の役割が次第に明確になっていくと思われます。
放射線治療とは
放射線治療は高エネルギーX線を乳房にかけ、乳房の中に残された可能性のある顕微鏡レベルのがん細胞を殺すことを意図しています。これにより乳房内の局所再発を予防します。(局所再発が約1/4に低下することが実証されています)通常25回(週5回で5週間かかります)で、総線量50Gyという方法がとられています。治療の初回にしシュミレーション(照射の位置決め)を行い、台の上に寝て、上肢を挙上した状態でマジックで目印をつけます。この目印を用いて次回からの放射線治療が行われます。初回は治療計画のためかなり時間がかかりますが、2回目以降は短時間(治療時間は1ー2分)で治療が終了します。
術後の放射線の副作用
大多数の患者さんは乳房照射に対して大きな副作用はありません。第3ー4週頃から疲れやすく感じるかもしれません。この疲れは治療が終了して数週後にはおさまります。別の副作用として乳房の圧痛、かゆみがありますが通常は時間と共に消えていきます。しかしながら完全に逆の乳房と同じに感じられない、何か違和感が残ることもあります。照射後の乳房に刺すような痛みを感じる人もいます。通常は時間と共に消えていきます。よくある副作用として皮膚の赤み、日焼けの症状があります。色白の人が強く出やすいようです。赤みのあと黒くなることもよくあります。毛穴が大きくなり、目立つようになることもよくあります。これらの症状は時間と共に消えていきます。また照射後、乳房の組織が線維化を起こし肥厚します。この効果
は長く残りますが、半年ー2年程度で症状はとれてきます。
放射線治療を受けている時の皮膚のケアのガイドライン
刺激の強くないマイルドな石鹸を用いて下さい。(患部はこすらないで下さい。マジックで書いた目印が消えないようにするためです。)
患側に消臭剤を用いないこと。消臭剤には通常アルミニウムが含まれており、放射線と相互作用する可能性があるからです。照射中はベビーパウダーを代わりに用いて下さい。
患側の脱毛には電気かみそりを用いること。手術のためにこの部位の知覚が低下しており、傷つける可能性が高いからです。このような傷は感染やさらにはリンパ浮腫の誘因にもなるからです。
放射線治療中は照射部位に直射日光を当てないでください。