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新薬の情報を集めるよりも、もっと重要なのは、大きい視点で、治療目標をきちんと持つことです。治療目標を明確にしないまま、「薬があるからそれを使う」という考えで、目に留まった薬に飛びつき、漫然と治療を続けるのでは、いったい何のための治療なのかわからなくなってしまいます。それは、いわば「治療のための治療」であって、治療をしているという実感と副作用の苦しみ以外には何ももたらしません。「効果」というのは、「治療目標に近づくこと」ですから、治療目標が明確になっていなければ、何をもって「効果」とするのかも明確ではなく、漠然と「効果」のようなものを得ようとしても、それは、しみじみと実感できる幸福にはつながらないと思います。
私の考える治療目標とは、「がんとうまく長くつきあう」ことであり、その先には、患者さん一人一人が考える、それぞれの幸福があります。病気や治療による余計な苦しみを味わうことなく、できるだけ長く充実した時間を過ごしていただけるように、さりげなくサポートするのが医療の役割であり、薬物治療も必要に応じてその役割を担うことになります。
薬は、医療の一部であってすべてではありません。また、がんと向き合うことは、これからの人生の一部であって、すべてではありません。薬の有無が運命を決めるというように、人生のすべてを集約させて考えるのは生産的なこととは言えません。大きい視野で人生を眺め、そこから治療目標を考えて主治医と共有し、その治療目標に近づくためにもっとも適した治療方針をエビデンスに基づいて検討し、必要に応じて薬を選択する、という順番で考えた方が、より生産的ですし、冷静に医療を受けられるのではないかと思います。
薬がなければ不幸で不安で絶望的、薬があればそれだけで幸福で安心で希望が持てる、という誤ったイメージが先行し、薬の情報に煽られる形で治療方針が決められてしまうと、過剰治療への歯止めがなくなり、「がんとうまく長くつきあう」という目標に逆行することにもなりかねません。
もちろん、期待の持てる新薬が登場するというのは、治療法の選択肢が広がるという意味で喜ばしいことです。治療目標にぴったりと適った治療薬があれば、それによって幸せを得ることもできるでしょう。ただし、そういう使い方をするためには、治療前の慎重なエビデンスの検討と、治療開始後の綿密な効果・副作用評価が欠かせません。新薬は、どうしても、「夢の薬」のように受け止められますが、どんな薬でも、効果には限界があり、かつ、それなりの副作用があります。特にがん治療の場合、治療によって得られる利益(効果)と不利益(副作用)のバランスは微妙であり、不利益のことを考えずに、利益だけを期待して治療に飛びつくのは危険です。エビデンスを吟味し、利益が不利益を上回る可能性が高いと判断された治療のみを行うべきであり、治療開始後も、その治療が本当に目標に近づくのに役立っているのかを常に考えながら治療に取り組むことが重要です。
下記から部分抜粋
今後日本で承認されるかもしれない乳がんのクスリ
(ソレイユ会報誌「ひまわり」2003年1月号(No. 90))
高野利実(腫瘍内科医)