2011年10月9日日曜日

イレッサで亡くなった人、イレッサで余命を延ばした人

「イレッサ」をめぐる末期肺がん患者の取材を通じてがん医療の現実が浮かび上がりました。

肺がんの画期的な新薬として登場しながら、副作用による死亡が社会問題となった抗がん剤「イレッサ」。末期肺がん患者の密着取材を通じて、がん医療の現実が浮かび上がりました。

年間6万9,000人と、がん死亡者数1位の肺がん。新薬イレッサは、打つ手がなかった末期肺がんに希望をもたらした。しかし、相次ぐ副作用による死亡が、評価を2つに分けた。副作用で死亡した患者の遺族は「イレッサはまさに薬害だと」と語り、イレッサ服用中の末期肺がん患者は「それって薬害なのかな」と話した。新薬をめぐるそれぞれの思い、果たして薬害とは。

美容師のアキノさん(40代)は2006年、肺がんと脳への転移を告知された。5年生存率2.8%、最終段階の末期肺がんだった。アキノさんは「自分で結構、立ち直れるタイプなんですね。余命半年だけど、それを1年に延ばすために、どうやればいいのかなって。『おーし、延びた!』みたいな」と話した。2007年4月、アキノさんは2番目の抗がん剤として、イレッサの服用を開始した。薬は1日1粒で、2週間後、早くも肺と脳の腫瘍は縮小していた。アキノさんは「やっぱり、すごい薬なんだな。このまま、もうしばらくは元気でいられるんだなって」と話した。ただし、イレッサの効果は、いつまでも持続するわけではない。1年8カ月後、アキノさんは、次の抗がん剤に切り替えた。

2002年7月、世界で最初に日本で承認されたイレッサ。劇的な効果と軽い副作用が治験段階から報告され、承認前に「夢の新薬」というイメージが形成されていた。イレッサ訴訟・原告の近澤昭雄さん(67)は「すごいもの見つけたぞっていうようなもんですよ。『これで子どもが生き延びられる』っていう」と話した。肺がんの闘病中だった近澤さんの次女、三津子さん。主治医に対して、近澤さんは、インターネットで知ったイレッサの取り寄せを依頼した。その結果、三津子さんはイレッサ承認の翌月、2002年8月から服用を始めた。近澤昭雄さんは「注意1つなく娘にのませたんですから、この責任はやっぱりね、きついですよ。いくら情報がないとはいえね」と話した。2カ月後、三津子さんは、副作用の間質性肺炎で亡くなった。

その後、近澤さんは、イレッサの副作用による死亡が続出していると知った。近澤昭雄さんは「要するに、『抗がん剤治療は、死ぬのは当たり前なんだ』と。そして今の医療界と今の製薬企業と今の厚生労働省には、これを防ぐ手だてっていうか、能力はないんだと」と語った。2004年、近澤さんら遺族は、国とアストラゼネカ社はイレッサの副作用情報を正しく伝えなかったなどとして、東京と大阪で提訴した。

一方、2011年3月3日、がんの状態を示すCEA値(腫瘍マーカー)が倍増して、アキノさんは急きょ、順天堂大学医学部付属練馬病院に入院した。主治医と相談して、別の抗がん剤に切り替えたが、どの薬も死亡につながる間質性肺炎のリスクはあった。アキノさんは「『この薬を使えば、効けば半年、1年に延ばせます。でも副作用により、2週間、1カ月で亡くなっちゃう場合もあります。どちらがいいですか?』って、選べるのが一番ベストなんですよね。だけど、それって、個人で判断するのっていうのがすごく難しい」と話した。

イレッサ訴訟について、東京地裁はPL法(製造物責任法)違反などを理由に、原告の請求を一部認める判決を出した。承認当時の添付文書では、死亡原因の間質性肺炎は、重大な副作用欄の4番目に記載されていたが、東京地裁は、間質性肺炎を警告欄に記載するか、または、ほかの副作用の記載よりも前のほうに記載し、かつ、致死的となる可能性のあることを記載すべきであったとした。

抗がん剤治療を専門とする虎の門病院腫瘍内科部長の高野利実医師は、裁判での議論は、がん医療の現実とかい離していると指摘する。高野医師は「(副作用を)警告の欄に全部書いておけば、取りあえず、製薬会社の責任は逃れられるというレベルであって。どういうリスク(副作用)があって、どういうベネフィット(効果)があって、それを実際、率直に患者さんと話し合って、ぎりぎりの決断をするというのが、このがんの医療の現場でありますので」と語った。

8月、肺がん患者の友人が亡くなったアキノさん。アキノさんは「最後のお別れっていうことで、最初は、絶対泣かないって決めてたけども、それはしょうがない」と話した。9月、アキノさんは再びイレッサの服用を決めた。主治医から、「間質性肺炎のリスクは以前よりも高い」と告げられたが、覚悟して治療に臨む。アキノさんは「あした副作用(間質性肺炎)が出ちゃうかもしれないし、あさって出ちゃうかもしれないしって。それは考えたことはありますけど、でも、出なかったらこのまんまもうしばらくは元気でいられるんだなって」と語った。

新薬の早期承認によって、必然的に高くなる副作用のリスク。「今こそ、国民全体で本音の議論が必要」と、東京大学薬学系研究科医薬品評価科学の小野俊介准教授は提言する。小野准教授は「(新薬について)早く、でも危ない状態で承認したほうがいいのか。じっくり時間をかけて、遅れて、遅れて、でも危なくない状態で承認したほうがいいのかっていうようなことをね、国民に問うんですよね。『納得しますか? 納得しませんか?』と問いかける」と話した。

新薬の副作用で、失われた命。

新薬によってつながれた命。

これは薬害なのか、その答えを出すのは法廷ではなく、わたしたち自身かもしれない。

(10/06 00:47)